同じ言葉を三回聞いたら、そこには「何か」ある。
以前、そんな話を聞いたことがあった。
では、三回同じ地名を聞いたなら?
それが、埼玉県秩父にある三峰神社だった。
この2〜3ヶ月で何度その神社の名前を聞いただろうか。
多い時は、一日に二度、三度聞くこともあった。
どうして、こんなに三峰神社?・・・何かあるのかな?
友人たちと行ってみることにした。
日曜日の朝、車で出発。
このメンバーで遠出をするのは初めてだ。
なぜ、この四人だったのか?
神社は、そこに縁がなければ、また、そこをお守りする神様の許しがなければ、
足を踏み入れることはできない。
鳥居。よく見かけるものだろう。
日本はそこかしこに鳥居がある。
日本人の多くは、特定の宗教を持たない。
だが実は、古来よりそこかしこに神様はいる。
山の神、海の神、農耕の神・・・どこの国よりも神様は多く、身近だ。
いわゆる、それが八百万(ヤオヨロズ)の神だ。
鳥居は神様の領域と人間界の境界を区切るために建てられている。
人間からしてみれば、鳥居から先が異界、そこに鎮座する神様の領域となる。
その領域に足を踏み入れるには、その神様にご縁があり、そして許されないとそこに行くことはできない。
人間が勝手に行っているように勘違いしがちだが、そこには「許し」があるのだ。
さて、三峰神社。
毎月一日は、白い「氣守」なるものが配布されるということで多くの参拝者がここを訪れる。
もちろん車も大渋滞だ。
一日でなくても、この神社のご利益、パワーは凄いと、
パワースポットとして、昨今大人気となっている神社だ。
私たちは、都合もあって二日の参拝となった。
事前の情報では、やはり渋滞は避けられないとか、
五時間かかったとか。
ちゃんとたどり着けるのか?
私たちは、そもそも、このお山の神様に許されるのだろうか?
少々不安になりながら、その領域に踏み入れた。(車でだけど)
無事、一の鳥居を通り過ぎ、
その山に踏み入った頃からだろうか、何か落ち着かない状態になる。
なぜか?
波動が変わったのだ。
私たちは通常は人間界の波動レベルで生きている。だが、神様の領域、高次の領域に入ると、
波動レベルの調整が行われる。
頭がボーッとしたり、痛くなったり、ドキドキしたり、息苦しくなったりと、その症状は様々だ。
私の場合、頭がボーッとして、少し息苦しさを感じた。
身体が波動の調整を必要としている。しばし、瞑想状態に入る。
瞑想の中で、そこを守る神々の意識にふれ、その領域に入ることの許しをこう。
車は神社を目指し快走。渋滞は全くなく、目的の場所へストレスなく到着。
それが、許しへの応えだったのか・・・。
車から降り、次の鳥居をくぐり、本殿を目指す。
途中、木々たちのエネルギーを感じながら、山の神を想う。
そこでふとこんなメッセージが入ってくる。
神様とは、神殿や拝殿に通常いるのではなく、この山そのものだと。