安曇野といえば、山葵!
山葵は、綺麗で豊富な水がないと育たないという。
ということで、山葵を求め、大王わさび農場へ!
長野県安曇野市にあるわさび農場。
大王農場、大王わさび園とも呼ばれる。1917年(大正6年)に開場した。株式会社大王が運営している。
北アルプスからの湧き水を利用した安曇野わさび田湧水群の一角にある、日本最大規模のわさび園であり、年間約120万人が訪れる安曇野随一の観光スポットである。雑草の生い茂る原野を20年の歳月をかけ完成させた。
「大王」は敷地内にある大王神社に由来し、この神社は民話に登場する八面大王の胴体が埋葬されているとされる。
わさび田に引かれる湧水は一日12万トンで、水温は年間通して12℃。収穫は年間通して行われる。
直射日光に弱い為、4月から9月末まで黒い寒冷紗でわさび田を覆う。(Wikipediaより)
少し前までピッカピカに晴れていたが、夕方に近づくにつれ、空には雲が多くなっていた。
大王わさび農場入り口にあった、
「魏石鬼八面大王」の説明書と鬼の像。
魏石鬼八面大王一家の鬼の像 ↓
左から、八面大王・息子・鬼嫁 紅葉鬼神。
広大な敷地にわさび田・レストラン・山葵商品を扱うショップなどがある。
大王わさび農場の歴史(大王わさび農場HP)
直射日光に弱い山葵は、4月から9月末までは黒い寒冷紗で覆われる。
わさび田は周囲を綺麗な水で囲まれていた。
「わさび田を流れる水は全て、北アルプスに降った雪が伏流水となり大王わさび農場の様々な場所から沸き出した湧水。
1日約12トン、水温は通年ほぼ一定の13度。
豊かな水はわさび田の中をゆっくり北に向かい万水川と合流し、犀川、千曲川、信濃川となって270km先の日本海に注ぎます。」
(大王わさび農場案内板より)
広大な敷地。
信州の夏の午後は、想像以上の暑さ。
しかし、この地の氣、爽やかな風に誘われるように、農場内の散策を続けた。
すると、小さなお社を発見!
大王神社
大王わさび農場の名前の由来になっている、八面大王を祀っている。
安曇野の偉大な伝説を残したとして知られる「八面大王」。その足跡や容姿など、明確にされていない点もあるが、大王神社由緒などによると、1200年程前、全国統一をすすめていた中央政権との戦いで捕えられ処刑された。
その後、大王の復活を恐れる余り遺骸は分断され、安曇野市穂高にある大王わさび農場の一角には、胴体が埋められたと言われ、現在は「大王神社」としてまつられている。(JAあづみより)
ここからお参りする。 ↓
道の先にお社がある。本殿かな。 ↓
大王神社から「幸いのかけ橋」へ行く。
橋の両脇には、山葵田。
幸いのかけ橋を渡ると、
八面大王が住んでいた岩屋が再現された場所がある。
ホンモノではないのだろうが、なぜか凄みのある場所。
「わさび田を守りつづける八面大王」
そのむかし、桓武天皇(785~805)の頃魏石鬼(ぎしき)八面大王という世にもすぐれた怪力無双の首領が、この地「安曇野」を治めていました。全国統一をめざす中央政権は、東北に侵略をすすめるにあたって、信濃の国を足がかりとし、沢山の貢物や無理難題を押しつけ住民を苦しめました。大王は坂上田村麻呂の率いる優れた武器を持つ軍勢に刃向かうつもりはなかったものの、戦いは大刃や矢を持つ男ばかりか、女、子供まで巻き込み次々と村々は焼き払われていきます。追い詰められた大王は、わずかばかりの部下をともない有明山のふもとの岩屋にこもって力の限り戦いましたが、ついに山鳥の三十三斑の尾羽で作った矢にあたり倒れてしまいました。
八面大王はあまりにも強かったため再び生きかえらぬようにと遺体はバラバラにされ埋められました。
当農場の一角には胴体が埋められたと言われており、現在は大王神社として祀られています。
「大王農場」の名前も、この故事にちなんでつけられたものです。
そこで大王が住んでいたと言われる有明山の麓、宮城(みやしろ)の岩屋をそこに再現し、空高く積みあげられた築山を「大王さまの見張り台」と名付けました。
頂上からは、わさび田と北アルプスが一望できます。
「八面大王の見張台(太陽の石)」
「大王わさび農場を見守る”太陽”を表現したい」
二代目深澤勇市の長年にわたる念願でした。
それが石組の上にある大きな荒彫りの石(白みかげ石)です。
見張台へ登る。
これが、太陽の石かな? ↓
見張台からのぞむ、山葵田! ↓
太陽を表現する場所とあって、この場所全体から強い氣が発せられている。
それもそのはず、見張台へと登る階段の反対側には、水が流れていた。
陽と水が合わさり、周辺の氣が強くなる。
暑い! 熱い!
日陰で小休止。
涼をとりながら、山葵田を楽しむ。
安曇野の道祖神も有名。
大王わさび農場の中でも、道祖神を楽しむことができる。
道祖神とは?
道祖神は、路傍の神である。集落の境や村の中心、村内と村外の境界や道の辻、三叉路などに主に石碑や石像の形態で祀られる神で、村の守り神、子孫繁栄、近世では旅や交通安全の神として信仰されている。
厄災の侵入防止や子孫繁栄等を祈願するために村の守り神として主に道の辻に祀られている民間信仰の石仏であると考えられており、自然石・五輪塔もしくは石碑・石像等の形状である。中国では紀元前から祀られていた道の神「道祖」と、日本古来の邪悪をさえぎる「みちの神」が融合したものといわれる。
全国的に広い分布をしているが、出雲神話の故郷である島根県には少ない。
甲信越地方や関東地方に多く、中世まで遡り本小松石の産業が盛んな神奈川県真鶴町や、とりわけ道祖神が多いとされる長野県安曇野市では、文字碑と双体像に大別され、庚申塔・二十三夜塔とともに祀られている場合が多い。(Wikipediaより)
なお、安曇野に道祖神が多いのは、大きな川から花崗岩が採石できたからという理由らしい。
道祖神。
サイ・サエの神。それは、猿田彦大神にも通じ、さらには、アラハバキ神にも通じるものがある。
大王わさび農場内を流れる水は、川へと合流していく。
農場は穏やかで綺麗な水に囲まれていた。
昔の農村の景色。水車小屋などが建っていた。
さて、大王わさび農場を出て、宿へ向かう途中。
北アルプスの山々
田園風景
太陽
水
雲
そして、それをつなぐように、
吹く
風
すべてがつながり、
心身を優しく刺激し、包む。
ここには、あらゆるスピリットの生命が
形を成し、
表現されている。
陽が語る
空が語る
山が、川が、
雲が、田畑が、
道が、、
それは、すべて、
生命の輝き!
天の祝福
地の恵み
すべては、生命!
どんなところにも、
スピリットが宿り、
生命は輝く!
八百万や精霊は、
この世界のどんなところでも感じることができる。