八百万とともに
精霊とともに
地球の変容
人々の変容
それは、
太陽系
銀河系へも影響する
グレートスピリット
あなたの意志がなされますように
愛と叡智 サナンダG
フォースとともにある
タクシーは猪目洞窟から須佐神社へと向かう。
スサノオの神旅シリーズ:
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パワースポットとして有名らしいのだが、わたしはそれを知らなかった。
羽田空港で搭乗待ちをしているときのこと、頭のなかで「須佐神社」という言葉が響く。
須佐神社?
須賀神社ではなく?
少し前に訪れた東京四谷にある須賀神社を思い出す。
須佐神社?
調べてみる。 あった!
スサノオ所縁の地。
須佐神社 御由緒
出雲国風土記に見える須佐之男命の御終焉の地として御魂鎮めの霊地、又御名代としての霊跡地であり、大神奉祀の神社中 殊に深い縁を有する。須佐之男命の御本宮として古くより須佐大宮、天文年間には十三所大明神という。出雲の大宮と称え、農耕、殖産、興業、延壽の神として尊崇深厚あり、朝廷をはじめ累代国守、藩主、武将の崇敬は申すに及ばず、世人の尊敬あつく、社殿の造営は、武将、藩主によって行うのを例としてきた。明治五年郷社に、同六年県社に、同三十二年国幣小社に列せられ、第二次大戦の終戦後は別表神社として今日に至り、世人の尊宗あつい。
岩政信比古の説
『須佐之男命の社は出雲国内にも、余国にも数多あれど、真の本つ社は此社にぞ有りける。然るを世人これを知らずして杵築大社、或は素鵝社、又は京の祇園などを此の神の御社と謂えるぞ恨めしき。』
『出雲国風土記』にも登場する古社、須佐神社は、島根県中部を南北に流れる神戸川の支流、須佐川のほとりにあります。
この地は日本神話の中でヤマタノオロチを退治した英雄「須佐之男命(スサノオノミコト)」に関わりが深く、『出雲国風土記』の須佐郷の条には、スサノオがこの地に来て最後の開拓をし、「この国は小さい国だがよい国だ。自分の名前は岩木ではなく土地につけよう」と言って「須佐」と命名し、自らの御魂を鎮めたと記されています。
全国にはスサノオゆかりの神社が数多くありますが、ここは唯一、スサノオの御魂を祀る神社で、祭神はスサノオのほか、妻である稲田比売命(イナタヒメノミコト)と、その両親である足摩槌命(アシナズチノミコト)、手摩槌命(テナヅチノミコト)と、オロチ退治に登場する四神が祀られています。ご利益は良縁・子孫繁栄・家内安全・諸障退散など。
『風土記』や『延喜式』でも確認できる古社であり、本殿は1861年(文久元年)建築の大社造りで県の文化財にも指定されています。
出雲の山あいに立つ小さな神社ですが、周囲を緑に囲まれた境内は神秘的な雰囲気が漂い、日本一のパワースポットとしてメディアで紹介されるなど注目を集めています。(出雲観光ガイドより)
須佐神社へのアクセス方法を調べてみると、今回の旅の主な目的地からはどこもここも離れている。
あれこれ思案し、今回の旅ではご縁がないものと半ば諦めていたのだが、ご同行くださった方のご協力とタクシーの運転手さんのご好意で、参拝が叶った!
猪目洞窟から元来た道を戻る。
八雲山を超え、出雲大社を目にしながら、大社の旧参道だという道を抜け、タクシーは街中から徐々に田園風景から山あいへ里へと走っていく。
車中では運転手さんと、土地のこと、物産品のこと、お家のことなど、よもやま話に弾みがつく。
魂のシンクロニシティがおきて、いまここでの時間を過ごしているのだろうが、他愛ない世間話がひととひとの距離を縮めてくれる。
出発から約1時間ののち、やがてタクシーは須佐神社へ到着。
ときの流れを感じながら、古い鳥居をくぐり抜ける。
ひっそりとした境内。
ここに始まったことではないが、ひとばらいがされている。
静寂
神聖
隋神門
雪の残る御本殿
御本殿の後ろに回ると、
大杉さんといわれるご神木がある。
社殿の後ろには樹齢1300年と推定される大杉が、この地を守るかのように立っています。
幹周りは6メートル、樹高は24メートル余りのまれに見る巨木で、幹から大地へと這う見事な根には生命の源のような力強さを感じます。
1300年の時を越えてここに立ち、人々の歴史を見てきた大杉。見上げると、その威厳に満ちた佇まいに圧倒されるようです。神々の国出雲においても、指折りのパワースポットとして知られています。(出雲観光ガイドより)
大杉さんが神の依り代になっているのだろう。
タクシーの運転手さんによると、以前は大杉さんに直接触れることができたようだが、それがすぎて穢れが大きくなったのか、いまは周囲に柵があり、直接には触れないようになっている。
それにしてもダイナミック!
氣の交流
エネルギーのシンクロニシティ!
大杉さんから振り返ってみると、木立が続く。
その先に、三穂社。
御祭神 三穂津比売命・事代主命
すべてのスピリットの調和がとれ、この道はとてもきもちが良い。
相生の松
須佐の七不思議ひとつ。
男松女松が一本の大木となっている。今は枯れ、かわりを植えている。(須佐神社HPより)
来た道を大杉さんに向かって戻る。
木立の間から、陽の光が射し込んでいることに気づいた。
それまで曇天だったが、それをみて、急に今日が冬至だということが意識にあがってきた。
不思議なことに、晴天ではないから、カンカンに太陽が照っていないから、太陽の存在を強く意識する。
闇のなかの光
それがこの神旅の裏テーマのような気がしていた。
地が求める
天が応える
天が求める
地が応える
子がつなぐ
太陽と大杉さんのエネルギーのシンクロニシティ
そこに須佐神社のわきを流れる素鴨川のスピリットも加わる。
天 太陽
地 大杉さん 素鴨川
まもなく、RayがLineする。
龍脈が現れる。
お供の白龍神も龍脈にのって現れる。
光が挿す
川が流れる
天気雨が降る
木々が揺れる
そこにあるすべてのスピリットがシンクロし、一体となる。
少しのあいま、異次元・異世界のエネルギーを楽しんだ。
ところで、須佐神社には須佐の七不思議が伝わる。
七不思議のひとつ。
塩ノ井
本社前の小池、須佐之男命自ら潮を汲み此地を清め給うたという。日本海に続き満潮の時は附近の地面に潮の花をふく。
分析の結果は「芒硝含有食塩泉」で弱アルカリ性である。(須佐神社HPより)
この井戸は、地下で遠く稲佐の浜まで続いているという話をタクシーの運転手さんからお聴きした。
太陽は西末社を経て、境内へ挿し込む。
西末社と向き合う形で反対側には、東末社がある。
ご祭神
天忍穂耳命
天穂日命
天津彦根命
活津彦根命
熊野樟日命
市杵嶋姫命
田心姫命
湍津姫命
ご神木になるのだろうか。若木が陽の光を受けていることに惹かれた。
ご本殿反対側、鳥居を抜けた先には天照社。
天照大神を祀っている。
スサノオ神の御魂にお別れし、JR出雲市駅へと向かう。
タクシーの運転手さんのご好意で、途中、立久恵渓に立ち寄る。
ここもまた出雲観光スポットらしい。
立久恵渓
立久恵峡は、出雲市内を流れる神戸川上流にある渓谷です。
その景観が九州の耶馬渓谷に似ていることから「山陰の耶馬渓」とも称され、約1kmにわたり高さ100~200mもの奇岩柱石がそそり立っています。
この集塊岩の渓谷は神戸川の浸食や風化によってできたもので、神亀岩、烏帽子岩、ろうそく岩などの名で呼ばれる見事な奇岩が見られます。
1927年に国の名勝・天然記念物に指定され、1964年には県立自然公園になりました。
立久恵峡にかかる不老橋と浮嵐橋の2つの橋の間は自然観察モデルコースとして遊歩道が設置され、渓谷の美しい景観や植物、展望台や五百羅漢、霊光寺など、見どころいっぱいの自然歩道となっています。(1周約1時間)
(出雲観光ガイドより)
運転手さんに促されて、車外へ。
外は寒く、雨も降ってきたので、気乗り薄で吊り橋へと足を運んだ。
それでもやっぱり景勝地だけあって、山も川も岩もダイナミック!
吊り橋を渡ってみることにした。
橋のうえから神戸川上流の景色。
橋を渡ったこっちは遊歩道になっている。
お天気がよければ良い散歩コースだったろう。
ところが、それまで徐々に威力を強めてきた雨は、橋を渡り終えた瞬間あられに変わり、一層激しさをました。
寒いやら、痛いやら、おかしいやらのわたしたちは急いでタクシーへと戻った。
この地に住まう龍神の手厚い歓迎だったのか?
いま思い返してもその瞬間のことはおかしくてしょうがない。
そして、どうしてあの場所に行かせられたのだろう?
神旅の行程は違う次元を歩く。
ひと的意識では運転手さんの好意・お勧めだから行ってみるか!だけれども、魂は霊(スピリット)へと連れていく。
立久恵峡の遊歩道コースに霊光寺ある。
霊光寺
今から約1200年前の淳和天皇の時代、高野山の学僧浮雲律師がこの地方を行脚の折、河の深洲に毎夜光を放って呼ぶ声がありました。近くへ行くと、大きな青甲の亀が一体の如来を乗せ浮上してきました。律師はこの如来を天柱峯(てんちゅうほう)中腹の巌窟に定置されました。そして、天長4年亀渕山飛光寺が落慶し、大正8年に霊光寺として引きつぎ建立されました。
天柱峯の頂上付近に奥の院ががあります。この奥の院に人は住んでいませんが、夜中に木魚を叩く音が聞こえるといいます。それは昔からこの地に住む天狗の仕業と土地の人々はいうそうです。(出雲観光ガイドより)
大亀にのった如来とは薬師如来らしく、実はシンクロニシティがこの後の摩訶不思議な珍道中へと展開する。
薬師如来とは、牛頭天王=祇園天王=スサノオ
そして、わたしはこの惑星で選んだ仮初めの姿は、そのエネルギーが土台となって作られている。
なぜなら、薬師如来が支配する土地に生まれ成長しているからだ。
ひととしての経験を通し、薬師如来の12の誓願を学ぶためその地を選んだ。
また、面白いことに霊光寺という名前の寺院がある。
唐の時代の創建らしい。
神旅で聞こえていた、新羅・唐。
いったい何があるのだろうか。
神戸川を横目に、タクシーはJR出雲市駅へ到着!
旅の守護神のエネルギーを感受しながら動いてくださっていたタクシーの運転手さんとお別れをし、短い休憩をとるために一旦ホテルへ戻った。
その後、冬至の夕陽と夕食のため、電車で出雲大社へと向かうことにした。
高い次元・強いエネルギーの影響もあり、ひとであってひとにあらず。霊的意識の状態で電車へと乗り込んだ。
いつもはひとりの神旅。それでは塩梅が悪いこともあるので、ひと的意識と霊的意識を行き来する。
しかしこの旅は同行者がおり、安心して電車に揺られ、その日あったことを反芻しながらおしゃべりに興じた。
だが、しかし・・・
わたしたちはいったい、どの次元にいたのだろうか?
出雲大社へ行くには、途中の駅で大社線に乗り換えなければならない。
しかし、おしゃべりに夢中すぎて、乗り換え駅はとうに過ぎてしまった。
運転手さんに指定された駅で降り、上りの電車を待つ。
その時は、ま〜そんなこともあるよね〜と思う程度だった。
暮れゆく出雲田んぼをみながら、霊的意識は続く。
まもなくやってきた電車に乗り込み、気持ちも新たに出雲大社を目指す!
・・・が、しかし、お互い気持ちも新たになっていなかったようだ。
確かに乗り換えた。
・・・が、しかし、それは出雲大社へと向かう大社線ではなく、なんと!またしても、いま戻ってきた道を、再び辿っていた!
スピリットからのメッセージ!
うちなる危険信号!
そこでようやく、ひと的意識が優位にたった!
車内にある路線図にある駅名を眺めていて気づく。
なんと!またしてもわたしたちは出雲大社へ行く道ではない路線を下っている。
いったい、わたしたちはどの次元を彷徨っていたのだろうか?
運転手さんに指示された駅で降り、上りの電車を待つ。
なんか、あったな、これ。しかも、ちょっと前に。笑
今日は出雲大社には行けないな。
なにか意味があって大社ではなく、線路のうえをウロウロしているんだろうな。
すでに日暮れとき。それもあってか、大社には行かない方がいいのかもしれない。
そんなことをぼんやり考え、上りの電車を駅で待ちながら、キョロキョロと駅舎のなかを見回す。
目に留まったのは、「一畑薬師」のパンフレット。
出雲神話の国引きの舞台を一望できる島根半島の中心部、標高200メートルの一畑山上にあります。「目のお薬師さま」として、古くから全国的に知られ、1300段余りの石段(参道)でも有名です。宗派は、禅宗(臨済宗妙心寺派)、一畑薬師教団の総本山です。
創開は、平安時代寛平6年(894年)、一畑山の麓、日本海の赤浦海中から漁師の与市(よいち)が引き上げた薬師如来をご本尊としておまつりしたのが始まりで、与市 の母親の目が開いたり、戦国の世に小さな幼児が助かったことから、「目のやくし」「子供の無事成長の仏さま」として広く信仰されております。
(一畑薬師HPより)
ここ!
ピンとくるものがあった。
調べてみれば、いま、下がったり上がったりしているこの電車の名前は「一畑電車」。
そして、1回目の乗り過ごして降りた駅から近いところから一畑薬師へ向かうバスが出ている。
ガイドは意味がなく、あっちこっちと引っ張り回していたわけではなかった。
ひと的意識なら失敗した・間違ったと思うような出来事の裏に、真の目的がみえてくる。
裏が表 表が裏 表裏は一体
エネルギーのシンクロニシティ 引き寄せがされていた。
薬師如来を通し、またしてもスサノオがみえてくる。
それまでうすぼんやりしていた気持ちが、急に明るくなった!
この日は出雲大社に行くことは諦め、ホテルの近くで食事をすることにした。
出雲大社から始まった2020年冬至の日の神旅は、明日の行き先がなんとなく決まったところで、ようやくエンディングとなった。
あかりに灯されたJR出雲市駅!