フォースとともにあれ! 宇宙神子! ヤコブの井戸(泉)を探す キリスト種への 目醒めの一滴!

2021.9.27  Chikako Natsui
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この惑星を形つくる

生命力を強く大きくする

 

そして、

 

キリスト種の目醒めを促す。

 

 

永遠の生命に至る水

ヤコブの井戸(泉)を探す

 

 

地は血を汚す

生ける水はとりされる。

やがて、地に光は消え、闇が満ちる。

人びとは恐れおののく。

 

 

キリスト 水と血と

 

聴こえてきたのは、その言葉。

 

意識の変容が始まった。

次元がシンクロする。

時がシンクロする。

 

さまざまなエネルギーがシンクロする。

 

 

キリストとは、大宇宙を構成する愛のエネルギーを意味する。

ここでは、特定の教義を意味していない。

 

 

キリストの聖なる愛のエネルギーは、そのグループを道管とし。霊的宇宙へ流れいる。

地球には、ひととなったグループもあり、神界にあるグループなどエネルギー体として活動するグループもある。

 

惑星の変容を平和と安定のなか、スムーズに移行するには、

地球がキリストの聖なる愛のエネルギーに満たされる。

それには、ひとになったスピリットの変性・変容と地にある八百万・精霊スピリットの変性が必要であり。

人間界と動物界や自然界などの異界はリンクしている。

人間界のエネルギーが清浄となるなら、異世界のエネルギーも変性する。

 

 

 

秋の彼岸の中日。

天界のエネルギーが強くなる。

実家へ帰省し、自宅の裏にある井戸と石と柿の木を見回る。

水と陽の調和は、地の氣を上げ、この地にあるすべてを安定させる。

 

「水をもて」

そういわれて、水をとりにいったのは、春の初め。

正確には、水を司る八百万エネルギーとシンクロし、水を必要とする地にある氣とシンクロするために。

(詳しくは、以下、関連記事より)

関連記事:

フォースとともにあれ! 陽が変わる 水が呼応する  太陽の11年周期?

 

ここずっと、地にある水をおこしては、天にある氣とシンクロしながら、調和の儀式を行っていた。

地にある水にはひとも含まれる。

水と陽 陰と陽

極と極の調和。

平衡は保たれ、安定する。

そして、その地の、ひとの生命エネルギーが増大する。

 

枯れているのか?と思うほど、弱々しく頼りなかった産土神社のご神木が逞しくなり、熱い氣を発していた!

 

産土神社のある小さなお山。天と地が合わさり、龍脈が現れた。

 

自宅の裏にある柿の木。生育悪く、何年もこれほど多く実をつけたことがなかったらしい。

今年は重そうなくらい、大きな実をいくつもつけた。

 

 

 

 

この惑星を形つくるもの。

 

 

しかし、今回、聴こえてきたのは、

 

キリスト 血と水と

 

 

すぐに聖書に氣が向いた。

見させられたのは、水にまつわるもの。

しかし、それは、霊的な水のこと。

 

生ける水

 

聖書

あなたがたは喜びをもって、救の井戸から水をくむ。(イザヤ書 12章3)

 

わたしの地を汚し、
わたしの嗣業を憎むべきものとした。(エレミヤ書 2章7)

すなわち生ける水の源であるわたしを捨てて、
自分で水ためを掘った。
それは、こわれた水ためで、
水を入れておくことのできないものだ。(エレミヤ書 2章13)

 

そこにヤコブの井戸があった。イエスは旅の疲れを覚えて、そのまま、この井戸のそばにすわっておられた。時は昼の十二時ごろであった。
ひとりのサマリヤの女が水をくみにきたので、イエスはこの女に、「水を飲ませて下さい」と言われた。 
弟子たちは食物を買いに町に行っていたのである。 
すると、サマリヤの女はイエスに言った、「あなたはユダヤ人でありながら、どうしてサマリヤの女のわたしに、飲ませてくれとおっしゃるのですか」。これは、ユダヤ人はサマリヤ人と交際していなかったからである。 
イエスは答えて言われた、「もしあなたが神の賜物のことを知り、また、『水を飲ませてくれ』と言った者が、だれであるか知っていたならば、あなたの方から願い出て、その人から生ける水をもらったことであろう」。 
女はイエスに言った、「主よ、あなたは、くむ物をお持ちにならず、その上、井戸は深いのです。その生ける水を、どこから手に入れるのですか。
あなたは、この井戸を下さったわたしたちの父ヤコブよりも、偉いかたなのですか。ヤコブ自身も飲み、その子らも、その家畜も、この井戸から飲んだのですが」。 
イエスは女に答えて言われた、「この水を飲む者はだれでも、またかわくであろう。 
しかし、わたしが与える水を飲む者は、いつまでも、かわくことがないばかりか、わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠の命に至る水が、わきあがるであろう」。 (ヨハネによる福音書 4章6〜14)

祭の終りの大事な日に、イエスは立って、叫んで言われた、「だれでもかわく者は、わたしのところにきて飲むがよい。
わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その腹から生ける水が川となって流れ出るであろう」。(ヨハネによる福音書 7章37〜38)

 

わたしは清い水をあなたがたに注いで、すべての汚れから清め、またあなたがたを、すべての偶像から清める。(エゼキエル書 36章25)

 

このイエス・キリストは、水と血とをとおってこられたかたである。水によるだけではなく、水と血とによってこられたのである。そのあかしをするものは、御霊である。御霊は真理だからである。
あかしをするものが、三つある。
御霊と水と血とである。そして、この三つのものは一致する。(ヨハネの手紙 5章6〜8)

 

 

 

大宇宙へ還る道。霊的道中は、属するスピリットグループがその道を明るく照らしてくれている!

ひと的学びから霊的学びへと映り、魂からのメッセージ、転生から外れ、エネルギー体として見守るグループスピリット、さらにはマスターたちがその導き手となる。