動き出した時計は、止めれらない。
魂の転生。
時を司どるスピリットの支配に入ることを意味する。
地球にあるほとんどのスピリットは、時の中で生きている。
時の主。
それは、人生の課題の監督者。
さて、このような表現がある。
「今が、最善」
スピリチュアル界隈ではよく使われる言葉。
そうではあるが、
ところが、しっかりと、腑に落ちていないと、
葛藤が生じやすい。
例えば、
目の前で、辛いことや悲しいことがあったとする。
災害などに見舞われたとしよう。
そんな時に、なかなか、「今が最善」とは、思えないものだ。
聞きかじりで、
「いや、きっと、これには意味がある!」
「これは自分にとって最善なのだ!」
そう「頭」で考えたとしても、
「心」がついていかない。
腑に落ちていないので、爆発しそうな感情を無理矢理に閉じ込め、押し込めてしまいがち。
「今が最善なのだから」
発散されない感情エネルギーは、一瞬・一時コントロール・抑え込むことができても、身体に残る。
ストレスや疲れなどで、免疫が下るとか、長い間蓄積した怒りや嘆きは、加齢などとともに、肉体を通して現れやすくなる。
あたかも、昔馴染のように、
「いや〜、、久しぶり〜」 再会するかもしれない。
学びは、それぞれだ。
肉体の学び、感情・人間関係、個性・社会的責任、魂のつながり、魂の表現、霊的ビジョン、霊的覚醒と、
階段を登るように、ひとつひとつ体感し、得て、手放す。そして、また得て、手放す。
「今が最善」
迷いなく腑に落ちる、心身魂がまるッと納得するのは、魂のエネルギーを感じられるようになる頃。
頭を押さえつけるように、「最善だ!」は、独裁的な親に育てられる子どもの心境だろうか。
すると、言葉の意味を「頭」で曲解し、そこから逃れるための逃げ口上にもなりやすい。
人生の過酷さが、一歩も前に進む力も勇気も無くさせる。
「今が最善」。だから、ここに止まっていよう。
そのような言い訳になりやすい。
進まないことを選ぶための、進む勇気がないことを知りたくないために。
動き出した時計は、止めれらない。
どんなに、今が最善で、ここに止まりたいと思っても、
無常。
時は流れる。
待ってはくれない。
次々と、「今」はやってくる。
「今」は、次の瞬間、「過去」になる。
「未来」だと思っていたが、「今」になって、、
「今」をどんどん体験し続けるのが、
この世界。
流れ続ける
歩き続ける
どのような状態であっても、
旅は続く。
肉体を動かすことができなくても、
止まることはできない。
止まろうし続けるなら、
場合によっては、大きな力が働く。
無理矢理、大海原へ連れ出される。
変わることが恐いのではない。
変わろうとしないことが恐いのだ。
時を旅する。時の旅人。
それは、時の主がつくった
夢・幻、イリュージョン。
人となったスピリットは、
時の主の学び舎で、
「現在・過去・未来」を行ったり来たりしながら、
課題を行う。
やがて、
時の支配から抜けでる時がやってくる。
ところで、
人間となったスピリットが、
「今、ここ」を見失い、
「今が最善」を曲解し、
大宇宙への帰還の道を見失わせるのは、
サタンであろう。
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