この世界は、現象界。
見る人によって、作り出される像が変わる。
ホントウは、霊界にある。
この世界でそれを知ろうとするならば、いま見えているものの、エネルギーを感じとる必要がある。
両目で見えていないものが、人間が後の世で形作り、整形しただけで、ホントウは違うのかもしれない。
空海の導きが続く。
神旅を続ければ続けるほど、いく先々で空海が待ち受ける。
神様と・・・
仏様・・・
はて? 違うもの・・・と、思っていたが、明治より前は、日本は神仏習合。
外来の仏教信仰と固有の神祇信仰とを融合調和すること。神仏混交ともいう。最初,仏教が主,神道が従であり,奈良時代には多気大神宮寺などの神宮寺の建立として現れ,平安時代には神前で読経したり,神に菩薩号をつけるなどの例が多くなり,また本地である仏,菩薩が日本でかりに神の姿となったとし,阿弥陀如来の垂迹 (すいじゃく) が八幡神,大日如来の垂迹が伊勢大神であると説く本地垂迹説が起こった。鎌倉時代にはその理論化としての両部神道が生まれたが,一方神道側から,神道を主,仏教を従とする反本地垂迹説が出された。江戸時代には,国学の隆盛とともに,仏教的要素を神道から除き,神道の優位を説く思想が盛んとなり,明治1 (1868) 年には神仏判然令 (神仏分離令) が出されるにいたった。(ブリタニカ国際大百科事典より)
神も仏も、大きな意味では一緒。
特に日本は八百万の神を崇める風習がある。
仏さまに分類されていても、八百万の一神様なのだ!
さて、弘法大師、空海。
それは、昨年10月ごろから始まった。
頭の中に空海が出入りする。
その時、広島 宮島にある厳島神社へ参拝しようと思っていた。
でも、なぜか、空海、密教、高野山の文字が私をウロつく。
だから、行き先を変更して高野山へ行こうと思った。目指すは奥の院!
本当にそこにだけ行って、帰ってきた。
他のところは一切見ることなく。
なんで?
自分でも不思議だった。
いく何日か前から肉体の浄化が始まった。
熱、咳、鼻水・・・3、4日布団から起き上がれなかった。
遠方への神旅へ行く時は、だいたいこの浄化パターンが来るので、気持ち的には慣れていたが、体力的には、参った。
それでも、行った高野山!
何かを感じたか? というと、その時には答えは見つからなかった。
しかし、それからずっと空海エネルギーは私を取り巻く。
いや、導いてくれている。
行くところ、行くところ空海の痕跡がある。
なぜ?
導かれている。何かを教えてくれようとしている。
でも、分からない!
先日、延期していた広島、宮島での旅もそうだった。
弥山。
弘法大師、空海ゆかりの地。
山ふもとには、大聖院というお寺がある。
大聖院
宮島にある寺院の中で最も歴史が古いのが、真言宗御室派(総本山仁和寺)の大本山大聖院です。
空海が宮島に渡り、弥山の上で修行をして開基したのが806年といいますから、歴史の重みを感じない訳にはいきません。
皇室との関係も深く、古くは鳥羽天皇勅命の祈願道場として、近くは明治天皇行幸の際の宿泊先になるなど、格式の高いお寺といえます。(大聖院ホームページより)
宮島そのものが、神が宿るとされ、あっちこっちに神社とお寺があった。
弥山に登り、頂上の、まるで磐座とも思えるような大きな岩に上がりながら、山中を彷徨いながら、内なる自分へと聴いてみる、魂へと語りかける。
空海へ語りかけても、その答えは返ってこない。
なんだか、ふと、空海らしいと言葉が浮かんだのには自分でも笑ってしまう。
知り合い?
空海は、いうだろう。
「真理は、おのが魂で得ることだ。全身全霊で知ることだ」と。
確かに、そりゃそうだ。
空海が伝えたいこと、導きたいこと、分かるようで分からない。
そんなこんなで、神旅から戻って一週間は、何か問答を仕掛けられているような、謎解きパーティーに誘われたような気持ちだった。
しかし、昨日。
こんなメッセージがやってきた。
「この世界の日本の役割とは?」
日本の役割。
今の時代、スピリチュアル的に、日本の役割は大きいといわれている。
だが、具体的にどこがどう大きいのか、大切なのか? それは分からない。
神旅をすると、神社に行っているはずは、空海に行き当たる。
空海に行き当たると、今度は、ユダヤ、イスラエル、聖書、契約の箱、アークの秘宝に行き着く。
なんだここれ?
神社が仏教である日本に本当の密教を伝えたとされる空海を引き寄せ、その空海が今度は聖書に、ユダヤ?
頭の中が少々混乱する。
考えるのを止めてみた。
神旅が始まるきっかけとなったのは、ある一冊の本がきっかけだった。
私はそこに掲載されている神社へ強烈に惹かれ、一にも二にもなく四国、徳島行きを決めた。
ただ、その神社へ行きたかっただけだった。
しかし、その本を読み進めると、剣山のどこかに失われたアークが隠されているという話に行き着き、日本人はユダヤの血の流れをくも民族というようなことが書かれていた。
その時は、日本人とユダヤの関係については全く興味なく、へ〜どころか、フィクションかな?とくらいにしか思っていなかった。
それが1年半経った今、空海とともにやってきた・・・ようだ。
そしてもうひとつ。
世界の中の日本の役割・・・。
ここに、何か大切なメッセージが含まれていると直感がそう告げる。
サードアイが疼きだす。
まだこの世界がほとんど何もなかった頃・・・
人間界のルールも秩序もなく、
時間の流れも今とはまったく異なり、
土と岩だけの土地・・・
でも、神と人間の距離は近かった。
イスラエルの失われた十支族は、方々へと散って行った。
その中に、日の出る東の国を目指したのか?
うっかりたどり着いてしまったのか?
そんな人々があった・・・らしい。
それらの人々は、故郷から遠く離れ、東の果ての島へ神との契約、アークの柩を隠すことを目的としていた。
・・・らしい。
続く!