わたしの真ん中にあるものは? ハートは答える・・・

2019.1.27  Chikako Natsui
/ / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / / /

私の真ん中にあるのは、何か?

 

自分にそう問いかける。

 

ハートのチャクラは答える。

 

愛・・・だと。

 

ハートは大いなる宇宙とのコネクター。その共通言語は「愛」。

 

なるほど、それは分かった。ならば、「愛」となるには、どのようにすればいい?

 

ハートは答える。

 

調和・・・だと。

 

なるほど、それは分かった。ならば、「調和」をするにはどのようにすればいい?

 

ハートは答える。

 

大いなる宇宙へつなげること・・・だと。

 

なるほど。I see.

 

魂の本質は、愛。

魂の目的は、調和。

魂の役割は、大いなる宇宙へつながること。つながり続けること。

 

ハートは答える・・・

魂からのメッセージ・・・

 

 

スピリチュアルな活動に入る以前、私は母との関係のワークを5年ほど続けた。成長過程で鵜呑みにしてしまった母、その言葉、そのエネルギーを手放し、自分だけになるために。

心身を整えるため、自分と向き合った。「こころ」と向き合った。

それは今でも続く。感情が揺さぶれることがある、身体に違和感を感じるなどがあると、そこから自己ワークをする。自分の内なる旅、自己探求。

自分に興味をもち続けることは、死ぬまで続くだろう。自分を一番に愛し、興味をもつ時間。

 

さらに今は、それにプラスして、神旅を通し「魂」と向き合う。

エネルギーの強い神社は、大概、人間を余り寄せ付けない山の中など自然の中にある。行くも帰るも四苦八苦。

運動どころか、体を動かすのが苦手な私。

なのに、切羽詰まった状態で山へと追い立てられる。

ゼイゼイ、ハーハー。心臓の鼓動はバクバク、足は痛いし、荷物やコートは鬱陶しいし、ほとほと疲れる。それでも神へとかき立てられ、追い立てられて、登り続け、歩き続け、こころの中で悪態をつくこともある。

しかし、その経験すべてが、学び、気づき、修行だと何度目かの神旅で気づいた。

足の痛みなど肉体の疲れと孤独感や不安感、恐怖をどうやり過ごすか。

肉体、思考、感情、私のすべてを通して魂と語りあう。

孤独と不安感から直感を得られないと道に迷う。
何かにせき立てられるように歩きながら、恐怖や不安にフォーカスし、発生元を探り、それと語り合う。
不自然な肉体の痛みにフォーカスし、どのようにしてそうなったのかを肉体に問う。

内なる声、魂からのメッセージをすぐに受け取ることもあるし、肉体が中途半端に疲れてくると、こころがそれに引きずられ、魂の声どころではないこともある。

感情が入り込めないほど肉体がぐでんぐでんになら、魂の声は案外聴きやすいだろうが、そこまで自分を追い込まない。
ほどほどの肉体の疲れによって、悪態をつく自分を感じながら、魂の声を聴いていくというのが私の神旅ソウルワークだ!

 

神旅に行く!と、決めた瞬間から、その神エネルギーとつながる。
そして、肉体、エネルギー体の「浄化」をさせられる。

これまでは肉体的な浄化が多かった。風邪をひく、熱がでる、咳や鼻水がでる。サプリメントで腸内を綺麗にすることもあった。
今回は、エネルギー体の浄化だったらしく、1週間ほど毎日何度も大祓祝詞をあげさせたれた。

そうやって神旅に向けての準備が整うと、波動は上がり、霊地で魂のコミュニケーションがなされる。
さらには、八百万や精霊などのエネルギーを感じ、シンクロすることもある。
私とっての神旅とは、今生の魂の目的。

 

「つなぐ」

 

わたし(心身)とわたしの魂をつなぐ

わたしの魂と大いなる宇宙をつなぐ

神エネルギーと神エネルギーをつなぐ

神エネルギーとひとエネルギーをつなぐ

神エネルギーを介して様々な異界をつなぐ

神エネルギーを介して、大いなる宇宙とつながる

 

神いる場所に在ることが、わたしの魂が一番喜ぶことで、幸せを感じること。

 

魂を生きるとは、誰に認められなくても、ひとりであっても、その場にいることが自然であり、身体はリラックし、幸せを感じること。