仏と鬼。
どちらも人間の本性に備わるもの。
表と裏、光と闇、慈悲と憎悪・・・
それらは一体。
刺激がどちらかの顔を見せる。
どちらかの状況をつくる。
両者を経験するがため、この世界に顕れた。
両者を調和するため、魂の旅を続ける。
すると、どちらの面も見てやって、
気づいてやって、癒して、なだめて。
さすれば、反する方向の流れが、同じ方向へ向き、
大きな力となる。
それまでは、厄介ごとや無理難題をふっかける。
「ここにいるよ」と、気づいて欲しくて、地団駄ふむ。
気づかぬままに、ひとり、ふたりと、
怨めし溜め込み、意図せぬ像を現すことに。
人間の物質的部分は、地球と、大地と、自然と共有する。
人間の精神・魂は、天、太陽系と共有する。
上と下が合わされば、良きこと多なれど、
もしや、苦も多しこともある。
怨めし溜め込み、意図せず溢れだす。
しかし、それには気づかぬままか。
さて、訪れたのは、埼玉県比企郡嵐山町。
嵐山 アラシヤマと読みたくなるが、こちらは、ランザン。
こちらに鬼にまつわる神社があるという。
とにかくここに氣が向いた。
1182年、畠山重忠公が住む菅谷館跡の鬼門に厄除けとして創建されたのが始まりとも言われています。
境内のいたるところに「鬼」の姿を見ることができ、拝殿脇には金棒があります。まさに「鬼」が主役の神社です。強さの象徴である「鬼」は勝利の神様として、また、自分の心を強くしてくれる神として全国から多くの方が訪れます。
(一般社団法人 嵐山町観光協会HPより)
主祭神 衝立船戸神 八衢比古命 八衢比売命
衝立船戸神は、伊邪那岐命が黄泉の国を訪れた後、筑紫日向の橘小向の阿波岐原で禊祓いをして持っていた杖を投げ出した時、杖より生まれた神である。それが幅広く解釈されて、悪魔祓いの神、家内安全商売繁盛の神、受験の神と、人生の指針を示し、強い力を授ける神として崇められている。(神社案内より)
鬼にまつわる神社というから、荒ぶる氣を想像していたが、境内も神社周辺も優しい氣が流れていた。
むかし話なら、村の鎮守様の雰囲気。
農作業する親の帰りを待ちながら、境内で遊ぶ子どもを見つけては一緒になって遊ぶ鬼の姿を想像する。
子どもを怖がらせないように、ちょっとばかり変装してみたが、遊びに夢中になりすぎて変身が役に立たない。
どこか魔が抜けて、優しい鬼。そんな風情のある神社だ。
鳥居と参道
狛犬と本殿
御由緒
鬼に金棒
本殿
鬼鎮神社
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