ヘルメス・トリスメギストスの流れ
古代哲学者たちのエネルギーが押し寄せる。
ソクラテス
プラトン
ピタゴラス
ヘラクトレイス
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etc.
わたしは無知だ。
自分の興味あることしか意識を向けない。そのため一般常識が苦手だ。
教育テレビで放送されている「ピュタゴラスイッチ」、
ずいぶん前にTVCMで流れていた「 ♪ ソ、ソ、ソクラテスかプラトンか 〜 〜 みんな悩んで大きくなった〜♪ 」が、記憶に残る。
ところが、
人生でまったく縁のなかった人びとが、突如、身近になった。
あたまの中に現れた。
魂のオーバーシャドー。
古代の哲学者たちが、次々と魂の座(脳内)に押し寄せ、内界の師となる。
彼らは、なにを語り、なにを学ばせようとするのか。
古代の哲学者
そもそも哲学とはなにか?
ギリシャ語のフィロソフィアに由来する。「智を愛する」という意味。
世界や人生の究極の根本原理を客観的・理性的に追求する学問。とらわれない目で事物を広く深く見るとともに、それを自己自身の問題として究極まで求めようとするもの。古代ギリシアでは学問一般を意味していたが、のち諸科学と対置されるようになった。
(コトバンクより)
智と知は違う。
智は、叡智。哲学で物事の真理を捉える。それゆえ、活動をともなう。言葉(ロゴス)・生命。
真の愛が織り込まれたエネルギーのブルーフィルム。活動によってエネルギーにパワーが加わり、像を現す。
知は、知識。アカデミックであり、世に知られ、多くの人が把握・理解・納得しやすいもの。
場合によっては傲慢・冷血な支配・狂信・物質主義・反社会主義的世界が像を現す。
ある人生で取得し、ある人生で手放す。
知、それもまたエネルギーであるから、物質同様、恐れが大きすぎると手放すことに躊躇する。
さて、古代の哲学者たちは、魂の座でどのような教示をするのか。
「創り替え」
人間は、この世に誕生してから止むことなく学んでいる。
お腹が空いたらミルク! オムツが濡れた替えてもらおう! そうだ、泣いてみよう!
そんなところから始まって、さまざまな処世術。
保育園・幼稚園から小学校、中高、大学、専門分野、趣味や資格取得の、あれこれあれこれな学習・学び。
家庭から学校・部活・社会にいたる人間関係。
テレビを見ても、ラジオを聞いても、SNS・動画サイト、映画・舞台、旅行にスポーツ。
意識的に、無意識的に学んでいる。
そうやって、出来上がった「いま」の「自分」
つくり続ける「これから」の「自分」
経験がいっぱい!
情報がいっぱい!
こうやって文字にしてみると、宝の山か、はたまたゴミの山か。
そのなかに埋もれる、ホントウのわたし。
この世界を生きる手段。致し方ないこと。
しかし、窒息しそうだ。
さまざまなシーンで学んで残した知識は、あらゆる「わたし」をつくりだす。
いったい、いくつの「わたし」が出来上がったのか。
そうやって、消えていったホントウの「わたし」
見えなくなったホントウの「わたし」
魂
というわけで、内界の師・古代の哲学者たちに教示され、
「魂」からの〜 「わたし」を創る。
変容
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