自分以外の人間にはなれない。
言い換えれば、魂の約束以外を生きることはできない。
思い返せば・・・。
母に支配されるというよりは、見えざる世界に支配されるのが嫌だったのだなと思った。
さらに言うなら、母が抱えている「死への恐怖」を無意識にキャッチしては、それに抵抗していた。
母が・・・と、いうよりは、母の血筋は見えざる世界との壁が薄い、境界線が細い。
毎年12月になると、母は縁のある神社さんに行き、来年のことを占ってもらう。
そして、その内容を私に伝えるために電話してくる。
「来年はね、こういうことに気をつけなさい」
「こういうことをしちゃダメ」
「盗難に合いそうだから」
「事故には・・。」
「・・・っていうから、旅行は海外とかダメよ」
あれダメ、これダメ・・・。
エトセトラ、エトセトラ、エトセトラ、エトセトラ・・・。
「うん、うん、はい、はい・・・」と、聞いているものの、自分の中には全く入ってこない。
というより、「神様」が言っちゃっているらしけど、ホントウだとも思えない。
そんな適当な話、言うこと聞くのが嫌だった。
見えない力に支配されること、自力が及ばないことがあることがとても嫌だった。
自分で判断したかったし、自分で考えたかった。楽しいことを選びたかったし、
自分が好きなことだけを選びたかった。
だから、スピリチュアルな世界が苦手だという人の気持ちが分かる。
私自身がそうだったから・・・。
自分の手にあまるもの、自分でどうにかできないことを言われるのが、とても嫌だった。
毎年、年末には母の口を介して「神様からの伝えられるメッセージ」は、
その頃の私はどうでもいいことだった。
どうでもいいことと思うようにしていた。
なぜなら、怖かったから。
母の言う通り=神様のいう通りにしなければ、
バチが当たるのではないか?
嫌なことが私におこるのではないか・・・そんなことを頭の中に浮かぶことすら怖かった。
母から受け取る言葉は、その言葉通りではなく、
その裏に隠されていた「恐怖」を伝えいたのだと思う。
「神様からのメッセージ」を伝えて、母がそれで満足していたかどうかは分からない。
ただ、年回りによっては、災いが寄り付かないようにと、
私の名前を書いたお札を1年神社さんにお預けし、朝に夕にご祈祷をしてもらうという
こともしていた。
母の行動は、無意識の「死」への恐怖とスピリチュアルな活動の両面があった。
そして、私にとっては「見えざる世界」への反発とその能力を閉ざすこと。
母から無意識にインプットされた「死」への恐怖、母の神仏への帰依という徳積みが、
はからずも私を守ることになっていたという複数の面があった。
母は見えざる世界に大きく影響を受け、そしてそんな母に大きく影響を
受けていた私は、
「異界にまもられること 支配されること」かる〜い感じで始めてみた。
間も無く終わろうとしている2017年は、実は、私の年回りは悪かった。
母亡きあとは、その活動は父に引き継がれている。
私の名前の書いたお札と祈りによって1年間まもられ続けた。
さて、2017年は大変お世話になりました!
cosmic connectのブログを読んでくださり、
心より御礼と感謝を申し上げます。
ありがとうございました!
Cosmic Academy Japan
cosmic connect
夏井誓子